B2010

05 29, 2010 | other works

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汽車も大好きなので、描いてみました。
B2010です。
ご存知の方も多いと思いますが、一応説明を付けますと、B型C型D型は片側にある動輪(動力が伝わる車輪)の数で決まります。
この機関車はB型ですから、動輪が片側に二つというわけです。

この機関車は動輪以外に車輪がなかったりと、とにかくコンパクトで、見た目にかわいらしい汽車です。
京都の梅小路公園に行くと、運がよければ実際に動いているところを見ることができます。
子供達と梅小路に何度も行きましたが、運よく車庫から出てきて試運転するところをバッチリ見たことがあります。
「京都に住んでよかったあ」と実感したことを覚えています。


更に、描いていく中でも、かわいらしさを強調してしまいました。
車輪の上に、色は暗いですが、かわいらしい家が乗っているようにも見えます。

かわいいついでに、ボイラーの先端に“顔を描いてしまおうか”とも思ってしまいました。


B2010 1100×920mm


※話は変わるようですが、その機関車〇ーマスの絵本やアニメを見ると、いつも少しだけ切なくなります。
それは、彼らがあれだけ意思を持っているのに、“絶対にレールの上でしか生活出来ない”ということを思ってしまうからなのですが、でも彼らは凄く楽しそうで、しかも仕事に生き甲斐を感じているのです!

これを、“うまく仕付けられてしまっている”と考えてしまうから私は馬鹿です。

敷かれたレールの上を生きることは、つまらないことなのか?それとも、レールがあるからこそ目標が定めやすく結果として良かったといえるようになるのか?
この絵本の原作は、1946年にイギリスの牧師さんが作られたそうですが、作られた国と時代を思いながら、今まで自分の前にレールがどれほど敷かれていたのか、どんなことまでをレールだったといってしまえるのか、自分で敷いたレールの限界は?、レールの上を歩けるだけマシ?などなど、ごちゃごちゃと考えてしまうので切なくなってしまいます。

そもそも人生のレールという概念は、そのレールがありすぎて既にレールではないような気もしますし・・・、
やっぱり、広く時間や時代ぐらいがそう呼べるものだと考えればいいのかな。


親になって思いますが、親が子ども達に身近なところでレールを“敷いてあげよう”とすることは、心から必然だと感じます。
あえて、しっかり導いてあげなきゃ!とは思いませんが、将来のことを考えるとある程度の短いレールは必要です。
本人達が“自分”を見つけるまでは、親(だけではなく地域や社会も含みます)が彼らの広い意味での意思ですから、極めて自然なことです。

でも、◯ーマスの親って、鉄道会社の社長さんなんですよね・・・。
(もちろん、鉄道の社長さんがダメということではなくて、この場合の子ども達は完全に道具として・・・)

というところで、おしまいにしておきます。


B2010は子供達との思い出の汽車です、すごく楽しく描けました。
次はC型の貴婦人かポニーを描こう!(C56の160は、北琵琶湖で実際に乗りましたよ)
139-3912_.jpg

*B20、昭和20年から22年にかけて15両が生産されたそうです。
15両!!!だけです。梅小路の車両以外に現存するのでしょうか?

ちなみに私の父は昭和21年(1946年)生まれで現存しておりますが、先述の絵本も1946年発表ですから、
B2010と◯ーマスと私の父は同い年。

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藤岡秀夫

Author:藤岡秀夫
1999年に京都市立芸大・大学院・日本画を修了。
美術教師兼、オートバイを描く日本画家。
Vintage Harley-Davidson、Classic-Motorcycleなど描きます。

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